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歴史

松澤神社

松澤神社

伊邪那美命(イザナミノミコト)を主祭神とし、千厩町の氏子崇敬者を守護する産土神社(うぶすなじんじゃ)として、地元の人たちから親しまれている神社です。 文禄3(1594)年に豊臣秀吉の増税に抵抗して起きた...

一関市博物館

一関市博物館

一関の歴史や地域の特色、先人たちの偉業を紹介する博物館。5つのテ-マによる常設展示のほか企画展・テーマ展、講座・講演会、体験学習など魅力的な催しが開催されています。

骨寺村荘園遺跡

骨寺村荘園遺跡

「平泉の文化遺産」の関連資産として拡張による世界遺産追加登録を目指す骨寺村荘園(ほねでらむらしょうえん)遺跡は、中世荘園絵図の景観が今なお残る貴重な遺跡です。絵図から特定できる堂社や岩屋などの9区域が国の史跡...

松尾芭蕉二夜庵跡

松尾芭蕉二夜庵跡

芭蕉が一関・平泉を訪れた際、泊まったと伝えられる磐井橋付近の金森邸。ここに2泊したことから「二夜庵」と呼ばれています。

若神子亭

若神子亭

「骨寺村荘園遺跡」の玄関口に立ち、皆さまをご案内いたします。館内には、郷土料理レストランや産直コーナーがあり、本寺地区の地場産品を提供しています。 また、骨寺村荘園の歴史や本寺地区の自然、生活文化等の多様な...

浦しま公園

浦しま公園

一関藩主・田村家の迎賓館跡を利用した公園。池や橋、石灯籠がある純和風庭園には山茶花、山吹、南天など四季折々の草花や樹木が茂り、自然を満喫できるオアシスとなっています。

時の太鼓

時の太鼓

江戸時代、幕府より特別待遇を受けて許された一関藩の時の太鼓。昼夜12時の時を告げてきましたが、現在は長昌寺に納められています。 現在使用されている「二代目時の太鼓」は、JR一ノ関駅新幹線コンコース内に展示さ...

田村神社

田村神社

坂上田村麻呂を祀る神社。田村家が一関に常駐するようになった大正時代に、東京の田村屋敷から釣山公園に社殿を移しました。

旧沼田家武家住宅

旧沼田家武家住宅

江戸時代後期、一関藩家老職沼田家の住宅。約300年の歴史をもち、当時の武士の暮らしを垣間見ることができる貴重な建物です。

保性院廟厨子(ほしょういんびょうずし)

保性院廟厨子(ほしょういんびょうずし)

祥雲寺に安置されている、県指定有形文化財の木造屋型厨子。伊達政宗の側室で宗勝の母・保性院の木像が安置され、桃山風の霊廟建築が見事です。

大槻三賢人像(大槻玄沢・大槻磐渓・大槻文彦)

大槻三賢人像(大槻玄沢・大槻磐渓・大槻文彦)

一関市に縁のある大槻三賢人の胸像。 大槻 玄沢(1757~1827):一関藩医玄梁の長男で建部清庵の門弟。日本最初の蘭学塾「芝蘭堂」を開いたほか、蘭学・オランダ語の入門書「蘭学階梯」や「解体新書」を改訳した...

石と賢治のミュージアム

石と賢治のミュージアム

「みんなのほんとうの幸せ」を求め、理想郷創造に邁進した技師宮沢賢治の心と生き方に触れるミュージアム。「雨ニモマケズ」が生まれるまでの足跡を、手紙や写真で説明しています。 また、賢治が東山を訪れるきっかけとな...

宮沢賢治の碑

宮沢賢治の碑

賢治が晩年に嘱託技師として勤めた「東北砕石工場」との縁で、この碑が建てられたのは1948年。羅須地人協会跡の「雨ニモマケズ」詩碑に続き、二番目に古い碑です。

菅公夫人の墓

菅公夫人の墓

菅原道真公が九州太宰府に左遷されたとき陸奥に流れてきた道真公夫人(吉祥女)の墓といわれる史跡が田河津字小田間にあり、地元住民の手で長く守り伝えられてきました。

儛草神社/大部ヶ岩

儛草神社/大部ヶ岩

 儛草神社が鎮座する観音山は、かつて日本刀の源流のひとつとされる「舞草刀」が製造された地であると伝わっています。  境内には市の指定天然記念物のモミの巨木がどっしりと根づいています。  神社のさらに奥に進...

宗松寺の杉並木

宗松寺の杉並木

山の中腹にひっそりとたたずむ宗松寺の参道に、樹齢460年と推定される杉並木があります。 参道の脇には沢があり、静かな水音が聞こえます。 参道にはコケが生え緑のジュータンとなり、木漏れ日の中で六地蔵が参拝者を迎...

せんまや街角資料館

せんまや街角資料館

葉たばこ生産で栄えた千厩町の歴史を物語る旧専売局葉タバコ専売所の建物。現在は街角資料館として葉たばこ関連の資料や生活文化資料が展示されています。建物は平成17年度に国の登録有形文化財に登録されました。

大夫黒顕彰碑(たゆうぐろけんしょうひ)

大夫黒顕彰碑(たゆうぐろけんしょうひ)

源義経の愛馬大夫黒は馬産地・千厩産と伝えられています。藤原氏三代秀衡が自身の愛馬を義経の出陣の際に贈ったもので、「一の谷の合戦」の鵯越えで活躍したことでも知られる名馬です。

菅秀才精霊塔

菅秀才精霊塔

学問の神様といわれる菅原道真の四男・秀才が開基したといわれる福寿山安楽寺に、道真公を祀る天満宮と秀才の精霊塔が静かに祀られています。

県指定有形文化財 村上家住宅

県指定有形文化財 村上家住宅

江戸末期に建築された茅葺き屋根の古民家。土間、囲炉裏、土壁など民家の暮らしや建築史を知るうえで貴重な文化財です。 ※建物内の見学や利用を希望する場合は、事前に相談が必要です。

東山煙草神社

東山煙草神社

葉たばこ耕作の守り神として昭和の時代に建立された「たばこ神社」。ご祭神は、五穀豊穣や子孫繁栄を司る「宇伽之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)」です。昭和52年の修復を機に、千厩字北方から現在の場所に移されまし...

大籠キリシタン殉教公園

大籠キリシタン殉教公園

江戸時代のはじめ、300人を超すキリシタンが大籠で殉教しました。大籠キリシタンの布教と殉教の歴史を伝えるために整備された公園です。

芦東山記念館

芦東山記念館

芦東山(1696~1776)は、我が国の刑法思想の根本原理を論じた「無刑録」の著者で、近世史中期に活躍した仙台藩の儒学者であり、第5代藩主伊達吉村公に仕えました。 1737年に講堂座列に関する願書を出した結果...

高野長英の小森塾

高野長英の小森塾

幕末の蘭学者・高野長英(1804~1850)は、大東町興田で医業と学術を営む祖父のもとで11歳から16歳まで過ごしました。「小森塾」は、長英が地域の子供たちに漢学を教えた場所です。 建築から200年余りが経ち...

観福寺

観福寺

観福寺には源義経主従が投宿の折、四天王の一人亀井六郎重清が残したといわれる「笈」があり、また境内には「しだれ栗」や霊場四国八十八ヶ所の仏像などもあります。

曽慶熊野神社本殿

曽慶熊野神社本殿

慶安2年(1649)12月火災により焼失し、延宝7年(1679)に再興と伝えられます。本殿は、桁行1.79m梁間1.98m切妻造。妻入り栩葺きの建物で、虹梁に施された渦文、若葉文の手法など江戸初期の様式の特徴...

摺沢八幡神社本殿

摺沢八幡神社本殿

本殿は入母屋造で、平入りの社殿や彫刻部に地方特色が表れており、内部の装飾は細部意匠に優れています。江戸初期から中期に至る堅実な様式的手法のみられる遺構で、岩手県における神社本殿建築史上貴重な作例です。 岩手...

中尊寺 平泉の文化遺産

中尊寺 平泉の文化遺産

嘉祥3年(850年)に慈覚大師が創建した天台宗東北大本山。後に藤原氏初代清衡が再興し、寺塔40余り、禅坊300余りの大伽藍を造営、平泉文化の象徴となりました。その多くは火災で焼失しましたが、金色堂をはじめ3,...

毛越寺 平泉の文化遺産

毛越寺 平泉の文化遺産

中尊寺と同じ嘉祥3年(850年)慈覚大師の創建と伝わる毛越寺。藤原氏二代基衡が再興し、三代秀衡の代には中尊寺をしのぐ規模を誇りました。大泉が池を中心とした浄土庭園と、平安時代の加覧遺構をほぼ完全な状態で保存さ...

無量光院跡 平泉の文化遺産

無量光院跡 平泉の文化遺産

藤原氏三代秀衡が京都の宇治平等院鳳凰堂を模して建立したと伝えられる寺院で、平等院と同じ阿弥陀如来を本尊としていました。藤原氏の滅亡後、度重なる火災で焼失。遺跡のほとんどが水田となり、現在は池跡、中島、礎石を残...

金鶏山 平泉の文化遺産

金鶏山 平泉の文化遺産

奥州藤原氏によって山頂に大規模な経塚が営まれた信仰の山で、「造り山」の異名を持ちます。東麓に金峯山蔵王権現堂跡の伝承地もあり、弥勒信仰との関連性が想定されます。金鶏や埋蔵金の伝説に彩られた山でもあります。

柳之御所遺跡 平泉の文化遺産

柳之御所遺跡 平泉の文化遺産

北上川の西岸に広がる約10万平方メートルの広大な遺跡。発掘調査により掘立柱建設跡や屋敷群跡、園池跡が見つかり、藤原氏三代秀衡代の平泉館(政庁)跡の可能性が高いと考えられています。国内初の印章など貴重な出土品は...

達谷窟 平泉の文化遺産

達谷窟 平泉の文化遺産

延暦20年(801年)、蝦夷平定に赴いた坂上田村麻呂が悪路王に討ち勝った記念に創建。京の清水の舞台を模し、108体の毘沙門天を祀りました。しかし、その多くは焼失し、現在の堂は昭和36年に再建されたものです。堂...

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